香椎二中の歴史
香椎第二中学校の校区である福岡市東区香椎は糟屋郡香椎町だった。香椎町は戦後の1955年に福岡市へ編入され、都心部に近い上に交通アクセスが抜群に良いその立地はベッドタウンとして最適であり、どんどん開発されました。千早地区の海の方は埋め立てが進み集合住宅が建ち並ぶ。香住ヶ丘・香椎・下原地区の山の方は戸建住宅団地の開発が進みました。元々は香椎町に1校しかなかった香椎中学校は爆発的な人口増に伴う生徒数の増加で1970年代前半に当然パンクします。そこで海の方は香椎第一中学校。山の方は香椎第二中学校とに分かれます。更に生徒数は増え続け、香椎第二中学校もピーク時の1980年代前半には1学年12クラスに膨らんでしまいました。そして香椎東小学校区・下原小学校区は新しくできた香椎第三中学校に分離されました。ピーク時に最大12クラスあったが故に横に横に増築され教室が12戸並んだ校舎は他になく長いものとなっています。