ご希望の中学校情報を無料で検索できます。

施設検索/ホームメイト・リサーチTOP

ホームメイト中学校リサーチ

中学校情報

中学校の歴史



国の教育制度の中に中学校の名称が登場したのは、1879年(明治3年)の「大学規則及び中小学規則」からとされています。その後、政治上の様々な変革や戦争を経て、教育改革がなされてきました。

現在、日本で行なわれている中学校の制度は1947年(昭和22年)に発足したもので、以来、一部改正を加えながらすべての国民に教育の機会均等を保障し、六・三制により中学校においては修業年限を3年と定められています。

六・三制の定着からの、中学校の教育発展

六・三制の定着からの、中学校の教育発展

学校教育法において、「中学校は、小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、義務教育として行なわれる普通教育を施すことを目的とする」と示されています。こうした法令のもと、中学教育も当然のことのように生活の中に位置づけられていますが、戦後、義務教育制度による六・三制が定着するまで、教育は誰に対しても平等なものではありませんでした。

戦後、現在の中学校のかたちに

現在の中学校は、その前身を中等学校として発達してきたものです。社会の近代化や戦争経験を積み重ね、産業振興に伴い教育も進化していきました。

とくに第二次世界大戦後の教育改革はめざましく、中学校においても大戦後の1947年(昭和22年)に発足した新制中学校にはじまり、現在の制度、教育のかたちへと移行していきます。

戦前までの中学校

1880年代(明治20年代)の前半まで、中学校は高等普通教育を行なっており、高等女学校も中学校の一種とされていました。その後、1889年(明治32年)には「中学校令」(改正)、「実業学校令」「高等女学校令」の三勅令を成立。中等学校は目的及び機能によって三系統に分化され、それまでの中学校、高等女学校、実業学校は急速に発展を遂げました。

1943年(昭和18年)、戦時下の中「中等学校令」が公布。修業年数を原則4ヵ年とし、設置する土地の状況で高等女学校は2ヵ年、実業学校は男子3ヵ年、女子2ヵ年としました。しかし、同時期に時局は緊迫を帯び、実業学校は工業学校へと転換し、学徒動員などによって、中等教育は戦時教育体制へと推し進められていきました。

戦後の中学校の発展

1945年(昭和20年)、第二次世界大戦終了後、連合国軍の占領下のもと全面的学制改革が行なわれました。そして1947年(昭和22年)3月交付の「学校教育法」に基づき、新制中学校、高等学校へと再編成。中学校は6年間の初等教育を行なう小学校に続き、3年間の義務制の中等前期の教育を与えるものとなり、六・三制の実施へと向かいます。こうして中学校における、3年制、義務制、無償制、教育の同一制、男女共学などが法令のもとに定着化します。

その後、ベビーブームによる戦後出生児の急増や高度経済成長による国民所得水準の上昇に支えられ、進学率は上昇。昭和30年代までに、めざましい教育の発展を遂げました。

昨今では、東京都においては約6人にひとりが私立中学に入学するなど、中等教育にも特色が求められています。そうした中等教育の多様化を推進すべく、1999年(平成11年)より中高一貫教育が選択肢の一つになりました。